三河の山里に学ぶ「地域自立」の歩み:MYパワー視察調査記録
去る2026年3月5日から6日にかけてODENメンバーで愛知県豊田市足助(あすけ)地区にある「三河の山里コミニュティパワー」を訪ね、活動の現場を見学してきました。参加者は桜井薫、窪田栄一、岩出智子、空閑厚樹、山崎慶太の5名です。今回の調査旅行は電気自動車を使い環境負荷を抑えた旅を目指しました。片道6時間を超え、2回の30分の急速充電が必要で、体力的には厳しかったのですが、残った疲労は爽やかでした。
私たちは今回の調査で、電力事業を「手段」として地域課題を自律的に解決する仕組みを調査しました。この記事では、関係者からうかがった話や公表されているデータ、および現地で私たちが見て感じたことをお伝えします。
【DAY 1】いざ豊田市へ!夜の焼肉とキムチで核心に迫る
初日は昼前に埼玉県小川町を出発し、夕方に愛知県豊田市足助町の「ホテル百年草」に到着しました。夜は足助町の街中にある焼肉店「桃屋」で、MYパワーの萩原善之専務、去年1月に入社した生田和也さんと会食しました。
MYパワーの活動を詳しくお聞きする中で出てきた萩原専務の言葉に、私たちは衝撃を受けました。
「私たちの真の目的は単なる電力供給ではありません。あえて儲からない地域に入り、住民に『自分たちのことは自分たちでやる』という意識を持ってもらうことが狙いです。」
新電力事業は、地域課題を解決するための「手段」に過ぎないというのです。現在、行政やコミュニティが縮小し、サービスの空白地帯が生まれていますが、MYパワーはその空白を埋める「つなぎ役」として機能しています。
MYパワーは、早川富博代表(足助病院院長(当時))と萩原専務の出会いから始まりました。萩原さんが講師をつとめる地域課題解決のための人材育成講座の公開講座に早川さんが聴衆として参加していて、講座終了後に二人は話し合う時間をもちました。そこで早川さんは自分が行っている地域医療についての取り組みについて萩原さんに語りましたが、そのすべてが補助金頼みだということを確認するに至りました。そこで、自立した安定的財源を得るために電力事業を興すことを萩原さんは提案しMYパワーがスタートしました。新電力として事業展開するには3億円の売上が必要なため、まずは豊田市や中部電力と協定を結んで市の施設へ電力を供給し、その後は市のごみセンター(渡刈クリーンセンター)の発電へと切り替えるという、事業モデルへ移行しました。
萩原さんは「私たちは何者か(どこから来てどこへ行くのか)」という組織の根幹となる理念を文章化し、スタッフ全員で議論して再確認していると語ってくれました。なぜなら多様な事業を実施していくうちにスタッフ間で意見の相違が出てくることがあるからです。そして、考え方の違い、対立があるのは当たり前であり「みんな同じ」が一番怖い、ODENも事業を進めていく過程でメンバーそれぞれの思惑の違いが出てくると思うが、その時の優先順位の付け方や、合意形成がとても大事だと語ってくれました。
もう一人、MYパワーからの参加者の生田さんは6年ほど前に足助町に移住してきました。前職は庭師をしたり、不動産の境界確定の仕事をしていたそうです。現在は主に電気の切り替え業務などを担当しています。また、地域に入って地域の課題解決のお手伝いをすることも仕事の一部であり、これはMYパワーの特徴だと思うと語ってくれました。地域のために役立ちたいという思いが現在の仕事に繋がっており、毎日が楽しく充実しているそうです。
【DAY 2:午前】事務所訪問。営業と、NPO3.0という新しい形
翌日は足助病院内にあるMYパワーの事務所を訪問し、早川富博代表、関原康成取締役、萩原専務、鈴木雄也さんから詳しい事業スキームを伺い、ソーラーカーポートの見学も行いました。
MYパワーが発足したのは2019年です。当初は中電(中部電力)と共同して事業を始めました。豊田市から「どうしても中電と一緒にやってほしい」という条件が出されたからです。市としては、元々中電の電気を使っていたため、引き続き中電が関わる形であれば価格などが変わらないから市議会へも説明がしやすかった(他の電力だと説明ができない)という事情がありました。しかし、2021年頃の電力価格高騰などの影響で中電側も経営の限界を迎え、「降りたい」との申し出がありました。これを機に中電からの電力供給は終了し、MYパワーは豊田市の清掃工場など、別の調達先へ切り替えることになった経緯を改めてうかがいました。
MYパワーは非営利の株式会社として運営されており、配当を行わない代わりに、供給した電力料金から「1円/1kWh」を地域に還元しています。 特筆すべきはその営業スタイルです。スタッフが直接「電気を切り替えて」と営業することはなく、地域のイベントに足しげく通い、課題解決を手伝いながら信頼関係を作ることに徹しています。そして実際に切り替えを推進するのは、理念に共感した地元のリーダーたちなのです。それでも切り替えてもらうのは大変だそうです。切り替えるよ、と言ってもらっても実際に切り替えてくれるのは半分くらいとのことです。電力会社の切り替えが地域課題の解決につながると分かっていても、それぞれの家庭でのお得感を満たすことがなければ切り替えにはなかなかつながらないのではないかと語ってくれました。
MYパワーの事業を通じて地域にどれだけ新たな価値がうみだされたかの調査を依頼したところ、5000万円から1億円に上ることがわかりました。しかし、お金だけでは換算できない価値があり、大切なことは課題解決に取り組んだ人のポテンシャルをどれだけ高められたかであると強調していました。
現時点の従業員は17名。電気事業ではなくて「地域の課題解決に向けた地域との連携」が中心となっているので、人が足りない、実際忙しすぎるとの声があると率直に現状を語ってくれました。特定のスタッフへの負担集中を防ぐための「ティール組織」づくりやメンター制度の導入が急務となっているという、リアルな組織の悩みと解決に向けての試行錯誤も共有していただきました。
萩原専務は、NPOのあり方を三段階に分けて説明してくれました。第一段階のボランティア頼みの「NPO1.0」や事務局が疲弊する第二段階の「NPO2.0」を終焉(オワコン)とし、多様な主体や行政・企業が協働する第三段階の「NPO3.0」の形を目指していると語っていました。実際、事業は電気にとどまらず、地元・足助高校への観光科新設の後押しや、空き家を活用した高校生向けシェアハウスの整備など、驚くほど多岐な団体が関わり事業を展開しています。
【DAY 2:午後】食とエネルギーとケア自給の最前線:「互いの森PARK」と「しきしまの家」
お昼は、MYパワーが福祉事業者を支援してオープンした「互いの森PARK」で昼食をとりました。「互いの森PARK」は、大自然の中でキャンプ、BBQ、サウナ、魚釣り、ジビエ料理などを楽しめるレジャースポットです。この施設の最大の特徴は、単なる観光施設ではなく「就労継続支援B型事業所」として機能している点です。発達障がいなどを持つ人々の働き場所として、釣り堀やキャンプ場の運営、しいたけ等の農作物づくりが行われており、「福祉を通じた地域の活性化」を実践する場となっています。
MYパワーは、「福祉で地域の活性化」を目指すこのプロジェクトに共感し、互いの森PARKを運営する福祉事業者の活動を支援しています。また、この支援関係の構築に伴い、地域の課題解決の資金源とするために大多賀集落の全世帯がMYパワーへの電力切り替えを実施しており、地域・福祉・新電力が一体となった連携モデルとなっています。私たちは、この近くで獲れたイノシシやシカを使った料理、ここで育てた魚料理を楽しみました。
その後、旭地区敷島自治区へ移動し、地域活動の拠点である「しきしまの家」で後藤哲義代表と板倉小夜子副代表にお話を伺いました。
2009年に豊田市の「日本再発進!若者よ田舎をめざそうプロジェクト」を機に都市部出身の若者10名がこの自治区の空き家に移住し農業を始めたことが、その後の移住促進と地域活動拠点づくりの出発点になっています。このプロジェクト以降、自治区の定住促進部が空き家バンク登録などを進め、2010~2020年に40世帯98人の移住者を受け入れ、その流れの中で旧保育所を改修して地域の居場所・相談窓口として整備されたのが「しきしまの家」です。
この大量の移住者の受け入れはマスコミに取り上げられましたが、取材を受けた当時の区長が今後の方針についての質問に応えられなかったという経験がありました。そこで地区住民で話し合いを重ね、10年後を見据えた「ビジョン」を作りました。これまでの人を増やすという視点を転換して、1.支え合い、2.農村景観を守る、3.運営組織の立ち上げ、という方針をつくりました。それらは、以下の活動に展開していきました。
1.支え合い:広大なエリアでの無料ボランティア送迎が限界を迎えたため、地元タクシー会社を巻き込んだ有償の「公共ライドシェア」へ移行し実証実験を開始しました。
2.農村景観を守る:都市部の消費者と連携する「自給家族」の仕組みを構築し、2025年には23農家で600俵のコメを出荷。農協とも価格を見ながら良好な関係を保っているとのことです。
3.運営組織の立ち上げ:地域内外の人を巻き込む拠点として「しきしまの家」を運営。レストランの赤字を高齢者外出機会促進事業の収入で補填するなど、全体で収支を成り立たせています。
MYパワーへの電気の切り替えについては、初めの3年は何回も説明会を開いたが、あまり進まなかったそうです。中電から電気を仕入れているうちは、中電とどこが違うのという反応でした。切り替えれば自分たちの地区にお金が戻ってくる、地区の活動資金として使えると説明しても難しい。地区センターなど共有施設の切り替えは一定程度進むものの各家庭の電気を切り替えることに関しては、結構大変だったといいます。中電が手を引いて、豊田市の焼却施設からの電気にかわってから、反応が変わったそうです。
また、マイパワー(新電力)は理念に共感してもらうことを重視しており、単なる電気代の「安売り(値下げ)」はしていません。さらに、電気の切り替え手続きは紙の書類を取り寄せて記入・押印するなど非常に面倒であるため、一般の家庭からすると「自分たちには直接的な得がない」と判断されがちでした。そこで「個人の損得」にアプローチする苦肉の策として食事券(「しきしまの家」のレストランでつかえる5000円の食事券)を配ることにした結果、切り替え件数が増えるという大きな効果がありました。
【まとめ:ODENプロジェクトに向けて】
今回の視察は、私たちのプロジェクトにとって計り知れない価値がありました。参加したメンバーの一言を紹介します。
桜井
「目的はあくまでも山間過疎地域の地域課題解決の仕組みづくりであり、新電力はその手段に過ぎない」という原則が、繰り返し、萩原氏の話に出てきた。その原則が、MYコミュニティパワーにかかわっている人のみんなから伝わってきた。
例えば顧客獲得のやり方が面白い。
スタッフは電気を切替えてくれとは言わずに、地域のイベントに足しげく通い、地域の問題点を引き出し、解決の手助けを行い、信頼関係を作ることに注力する。実際に営業するのは地域のリーダーが中心となる。3/6最後に訪問したしきしまの家のお二人の話でも、その点は確認できた。
一方で萩原氏は、「理解しているのはまだ地域のリーダーレベルまでだ」という認識も持っている。
しかし、ここまですそ野が広がってくれば、現在世界中で進んでいる「権力と富を集中させよう」とする動きと、「顔と顔の見える関係の中で自分たちの暮らしを作ろうと」いう地域自立の動きとの乖離が顕在化するのも遠くはないのではという印象を持った。
ほかの人の足を引っ張らなければ勝ち残れない経済・社会の仕組みを、ともに支え合う仕組みに変えていこうとする人たちの広がりを感じられてとてもよかった。
岩出
地域電力の取り組みについて、実際の活動現場を見たり、具体的な取り組みを教えていただき、大変貴重な機会となりました。
「地域電力はいい取り組みだから」と、一方的に電気の営業をするのではなく、地域の中に入って活動しながら信頼関係を築き、ニーズを探ることを大切にしているというお話が印象に残りました。ODENの活動の中でも、様々な人とのちょっとした対話を大切にしたいと思いました。
また、ODENが小川町で展開していく上では、地域電力の理念や仕組みを理解していると同時に、一般の住民の方の感覚もよくわかっている、地域に根ざしたリーダー的存在の方たちを町内で見つけて、地域説明会を共同で開いてもらうのが良さそうだと思いました。
サテライトオフィスのある足助病院ではソーラーカーポートがあり、無料で充電ができて感動しました。利用している人がいたので、頻繁に使用しているか、使い心地はどうか、こういう施設があることをどう思うか、などもう少しお話を聞いたらよかったと思いました。このように実際に再エネの恩恵を感じられるようなスペースがあると、エネルギーの地域供給について関心が広がるのではと思いました。
MYパワーさんが地域で認知されるようになり、様々な地域プロジェクトが展開され、組織が大きくなってきた時の課題についても赤裸々にお話してくださりありがたかったです。ODENも改めて、私たちが目指すビジョンをメンバーで共有しながら、目の前の活動をひとつ一つ丁寧に積み重ねていきたいと思います。
空閑
萩原さんの「考え方の違い、対立があるのは当たり前であり「みんな同じ」が一番怖い」という言葉が印象に残っています。そしてこの違いや対立を事業推進にエネルギーにするには、自分たちがなぜこの事業を始めたのか、そして何を目指しているのか、についての率直な意見交換が必要だと感じました。
「安売り(値下げ)」はせずに理念の共感をもとに事業展開をしている方針は重要だと思いました。価格の安さを強調すれば、常に価格競争に晒されることになるからです。そして、この理念の共感も言葉による説明と説得ではなく、課題と一緒に取り組む姿勢から育まれるものだということも学びました。さらにこのような理想を追いながらも食事券の発行により現状の課題に柔軟に対応していることも印象的でした。
窪田
2年前に伺った時に比べ、設楽町での新電力設立支援、稲武での小水力、高校との取り組み、公共ライドシェアなど、新たな取り組みがいろいろ進んでいて驚きました。
印象的だったのは、立ち上げの立役者・萩原さんのビジョンと視点の深さ、本気さでした。現在の社会経済システムが行き詰まっていくことを見越して、その先のモデルケースをつくっていくという明確なビジョンを持ち、地域での食・エネ・ケアの自給(経済評論家・内橋克人さんの“FEC自給圏”ですね)と地域の互助や自治、自立をめざす。地域電力はそのためのインフラでしかないということです。そちらがメインだから、移送支援や教育など、電力と関係なさそうなことにもどんどん手を出していく。それを一般住民にまで理解してもらうのは簡単ではないけれど、少なくとも敷島地区ではリーダー格の人たちは問題意識や方向性を共有する「仲間」化していることが感じられ、すごいなと改めて思いました。
やはり小川町(や周辺地域)においても、各地区ごとにODENに共感してくれる中心的な人たちをみつけていく(つくっていく)ことが大切で、そのためには具体的に地域や住民にどんなメリットがあるかを示していくことが必要だし、またODENのめざすビジョン・基本理念も、MYパワー同様に時間をかけて言語化しブラッシュアップしていくことが必要だと思いました。
山﨑
平成の大合併で、旧豊田市が現豊田市の面積の7割も占める上流部の山間部町村と合併したのは、旧豊田市域の洪水を避けるためだったそうです。大合併前の豪雨で、旧市域は洪水で大きな被害を受けたそうです。過疎化で上流部の山が放置されたため、山の保水力が失われてしまったからです。このように林業は木材生産だけではなく、災害を防ぎ、環境を守る役割を果たしていたのです。農業や水産業も同様です。一次産業の衰退は、食料や木材の自給率を下げるだけではく、国土の景観を破壊し、災害を増加させ、日本を益々危険な国土にしてしまいます。過疎化の問題の本質は、一次産業では生活していくだけの収入を得ることが難しいことです。奥三河の山の多くは、間伐されていないために、林内が暗く、下草が生えないことで土砂が流出してしまうことで益々山の保水力が失われて、洪水が起こります。シカの増加による林床植生の破壊が、それに輪をかけています。豊田市は山林の保全にも力を入れているようですが、山の整備はまだまだのようです。一次産業で食べていければ、それに従事したい若者はたくさんいるのに残念です。
今回の見学で、改めて未来の小川町、そして日本のグランドデザインをどう描いていくか、皆さんと共有していく機会をたくさん設けていきたいと思いました。人口減少による社会の縮小は、必然です。移住促進、関係人口の増加によって、自治体どうしが人の奪い合いをしても問題解決にはなりません。過疎化を止めるには、若者が町外へ出て行かなくても済む町にすること、つまり、地方でもずっと住み続けることができる町にすることです。地域自治、食料やエネルギーの自給、一次産業の振興、環境保全、福祉・教育の充実、平和などをキーワードに新たな雇用を産み出すプロジェクトを作っていきましょう。ODENもそのひとつですね。